ロードショー鑑賞メモ 「眉山」 「監督・ばんざい」ほか

現状、当たる邦画をほぼ独占していて、公共の電波を利用した独占禁止法違反ではないかという声すらあるフジテレビがらみ、配給・東宝の「眉山」から。

予告編で、宮本信子がちょっと気になる表情をしていたのと、個人的に阿波踊りの時期に徳島へ3回ほど行っているのもあって、見てきました。期待していなかったのですが、その通りでいやになりました。2時間あるのですが、とても持ちません。すくなくとも20分はいらないことはもちろんのことですが、母娘の関係性の設定自体に矛盾があって納得できないので、まるで感情移入できません。主役がただ不機嫌そうな、表情のない表情で何だか居心地が悪いです。そういえばこのへん「フラガール」と似てます。不幸せな若い女の描きかたってもうちょっとどこか客観的でないと、だめなんじゃないでしょうか。それは、いいかえれば登場人物への共感、でしょうか。
阿波踊りのシーンはおそらく演舞場のひとつを本番さながら、再現したのでしょう、実に贅沢な撮影をしていますが、もっと踊りを魅力的に描くことはできたはずです。踊りの集団の先頭をきって、ぽつんとやってくる子供踊りもかわいいのですし、威勢のいいおやじや味のある老人たちの男踊りにも個性が輝くのです。女踊りの、若々しいかけ声とともに一糸乱れず、きりっとしたラインをつくる感じもちょっと映っていましたが、ものたりないです。太鼓や鐘それに三味線をひく演奏団のサウンドももっと響かせなければいけません。踊り手の金子賢と宮本信子が会話しますが、あんなことありえないんです。なんでもリアルにやればいいってもんじゃないでしょ、といわれますが、でもこの阿波踊りシーンには、作り手のまなざしが感じされないんです。オーソン・ウェルズのリオのカーニバルシーンのように、とまでいかなくても、もっと見せ方があったはずです。
曖昧な回想シーンやCGの蛍シーンなどいたずらに甘いシーンなんかいらないからもっと徳島に、阿波踊りに、そのリアルに触れる努力を積み重ねるべきだったのではないでしょうか。人形浄瑠璃もおざなりに使うなら、いらないじゃないの。お隣、淡路島出自のあれは谷崎も「蓼食う虫」でたっぷり描写している、味わいあるものなのだ。
と、映画はだめですが、宮本信子はちょっとやりすぎなんですが、主役と対照的に映画への情熱を感じさせていいです。あと一番いいのは、山田辰夫です。「狂い咲きサンダーロード」からもう20年以上でしょうが、こんなに優しく、どこかきりっとしたところのあるいい中年男になるとはおもいませんでした。徳島出身かどうか知りませんが、阿波弁は完璧のようです。この男の存在感だけが映画らしかったです。

さて北野武作品「監督・ばんざい」です。前作はレンタルDVDで見て、しんどかったのですが今回は面白いところもありました。腹をひくひくさせてから笑ったのは「蝶天ラーメン」のくだりや、江守徹の怪演説のくだりでした。「コールタールの力道山」のくだりも味わい深かった。ということはつまり、ご本人が画面に出てこないシーンなのです。異様に青い(たけしブルー?)の学ランをきて茫洋とした表情をした本人が画面にいると、虚無感を感じざるをえないのです。突如人形になってしまうあたり、笑えるとこもあるのですが、そこに「意味」を見てしまいます。
お笑いなんて、映画なんて、人間なんて、なにこだわってんだよ、という厭世観が嫌みすれすれなのは、ドンパチに終始した前作よりもよかったです。映画にエネルギーがあります。でも、どこかですごく醒めているから、そんな無理してつくんなくてもいいじゃない、と思ってしまいます。映画をつくることが、好きなんでしょうね。
でも映画を見ることは好きじゃないでしょう。この本編直前にカンヌの特別短編がかかったのですが、裏読みをすれば、映画なんて見に行ったって何もいいことないじゃん、ていう映画人/映画ファンへの当てつけとも見られます。

それと最後に、タイトルを書くのも嫌なものをNHKの「ハイビジョン特集」の録画で見てしまいました。いつまでたっても意味ありげな映像がだらだら続くばかり、なので早送りの抵抗をしました。これが入選して、審査員グランプリまでとってしまうカンヌ映画祭って、何だかおかしいです。映画祭事務局の身内びいきのようなものがあるのか。いいかげんな記憶ですが、この作品についている向こうのプロデューサー(セルロイドドリームの社長じゃなくて)って元?事務局の人では???。今実は、映画なんてどうでもよくて、押し出しが強くルックスも悪くはない日本女子が監督してるってことが、ヨーロッパの勘違いおやじたちを喜ばせてる、というか利用しやすい、ということか。だけど、これで勘違いして監督が、私が、私が、とメディアに露出してくるのはたまらないです。これを見た若者が妙に映画をなめて、私も映画つくって有名になりたい、なんてことないように、徹底的に否定する必要があるのではないでしょうか。それに監督を援助してるとかいう、主演のあのおやじはなんだ! そんな演技でも存在感でもなくただ意味ありげに画面に出るとは、本当のぼけ老人や家族に失礼だろ!このひどさは監督だけじゃなく、共犯者たちにも責任があるじゃないですか!…とここまで言ったのですが、よってたかってみんなでつるし上げるというのも、嫌なので、あくまで個人的に不愉快なものを見てしまったという感想として、やめておきます。
こんなんで終わるのもなんですので一言。「監督・ばんざい」の内田有紀、きれいですね。

Faux

『創(つくる)』7月号の森昌行(オフィス北野)の文章を立ち読みし、90年代以後、アートハウス系のいわゆるspecialized filmsの世界セールスを手がけ、『殯(もがり)の森』の製作を手がけたヘンガメ・パナヒのCelluloid Dreamsがジェレミー・トマスの製作会社HanWay Films(『猟人日記』『アメリカ、家族のいる風景』)と合併し、Dreamachineという会社になったこと、映画祭サーキット向けの作家主義映画から撤退したことを知りました。ということは、もうジャック・リヴェット、オタール・イオセリアーニ、ブリュノ・デュモン、ダルデンヌ兄弟などの非商業的な作品のセールスは扱わないということでしょうか。
 すでにカンヌ映画祭にはDreamachine関連の映画が出品されていました。
 アラン・ボールの『Nothing Is Private』(アーロン・エッカート、マリア・ベロ、トニ・コレット)、パオロ・バーズマンの『Emotional Arithmetic』(スーザン・サランドン、クリストファー・プラマー、ゲイブリエル・バーン、マックス・フォン・シドウ)、トム・ケイリンの『Savage Grace』(ジュリアン・ムーア、エディ・レドメイン、スティーヴン・ディレイン)、アシフ・カパディアの『Far North』(ミシェル・ヨー、ショーン・ビーン)、ハーモニー・コリンの『Mister Lonely』(サマンサ・モートン、ディエゴ・ルナ)、トッド・ヘインズの『I'm Not There』(ケイト・ブランシェット、リチャード・ギア、クリスチャン・ベイル、ヒース・レジャー、ミシェル・ウィリアムズ、シャルロット・ゲンズブール、ジュリアン・ムーア)、ジョニー・トー、ツイ・ハーク、リンゴ・ラムの『Triangle』、イラン出身の女流マンガ家マルジャン・サトラピとフランス人イラストレイター、ヴァンサン・パロノーのモノクロ・アニメ『ペルセポリス Persepolis』(声優カトリーヌ・ドヌーヴ、ジーナ・ローランズ、キアラ・マストロヤンニ)、ビリー・エルトリンガムの『Mrs. Ratcliffe's Revolution』(キャサリン・テイト)。
 ヘンガメ・パナヒHengameh Panahiはイラン生まれの女性で、12歳の時ベルギーに移住、通訳や映画製作を経て、1985年にベルギーで映画セールス会社Celluloid Dealers(後にCelluloid Dreamsに改称)を設立。1993年パリに移住。パリでジャン=ピエール・リモザンと映画製作会社Lumen Filmsを設立、ヤン・シュヴァンクマイエルの『ファウスト』(95)、ジャ・ジャンクーの『青の稲妻』(02)、『世界』(04)、リモザンの『NOVO』(02)、アレクサンドル・ソクーロフの『ファザー、サン』(03)などの製作に参加。またCelluloidは『8人の女たち』(02。フランソワ・オゾン)、『座頭市』(03。北野武)、『誰も知らない』(04。是枝裕和)、『トニー滝谷』(05。市川準)などの作家の映画の世界セールスで実績を残しました。河瀬直美は先ごろ寺島しのぶと結婚したローラン・グナシアの紹介でパナヒと知りあったそうです。
 Dreamachineの新企画は、ジェラルド・マクマロウの『Franklyn』(ユアン・マクレガー、エヴァ・グリーン、ポール・ベタニー、ジョン・ハート出演)、フィリップ・ノイスの『Dirt Music』(レイチェル・ヴァイス、コリン・ファレル)、ジョン・アミエルのチャールズ・ダーウィンに関する映画だそうです。
http://www.indiewire.com/biz/2007/04/hanway_celluloi.html

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