「映画の國」へ

街を歩いて、映画館やホールの暗闇の中に身をしずめて見るしかなかった映画が今やいつでもどこでも見られるようになった。家のテレビでも、会社のパソコンでも、携帯用のデジタル機器でも、その気になればいくらでも。

こうした場所で目にしているものは、先に言った「映画」とは別ものだ。デジタル化した映像と音を日常的な環境で見るということは、暗闇のホールで不特定多数の人々とともに見るという非日常的な体験とは違う。そもそもセルロイドに焼きついた映像をスクリーンに映写する映画と、ネット上で配信された映像では原理的に別物だ。

それはわかっている。

だが、ここでは、そんなある種特権的な「映画」にはもちろんこだわる気はない。映画は誰もが気軽にふれることのできるもの、映画はわれらのもの、のはずだ。

あたりまえの話だが、デジタルに変換された映像でも、元はフィルムだ。これをもう一度元に変換すればいいのだ。どうやって。心の目を使ってだ。あほかって?いやいや、そもそもスクリーンに投影されている映像だって目の錯覚を利用して動いているように見えているわけだ。そういう想像力を働かせているわけだ。だからそれと同じ錯覚と想像力を使えばいい。心の目を使えば、デジタルも映写も変わらない。同じ、映画だ。共に見る他者を想像してみる。同じ、映画だ。そう信じてみる。

だって、とにかく今や、いろんな作品を見られる機会が増えているのだ。かつてまったく上映されず、ひたすら待つか、自分で上映するしかなかった映画が、いまやいとも簡単に見られることが多くなってきた。あまりにあっさり手に入り、拍子抜けするほどだ。

そのせいか手に入ったことで安心して、見るのを後まわしにして、また次々登場する作品名に目を奪われてしまう。

これでは、なんだか映画を消費しているようだ。世界に映画は溢れだしているのに、そのなかで溺れかかっているようだ。

流れゆく映画をつかまえて、じっくり見てみたい。それを他者と共に、充実した体験にしたい。

この「映画の國」はそうした体験の道しるべでありたい。きめられたルートをたどるパック旅行ではなく、旅人がそれぞれの勘も大いに発揮させる自由旅行の友でありたい。

そんな気持ちでこのサイトを開設します。

当サイト「映画の國」は、紀伊國屋書店(同じ「國」)が発売している映画DVDを応援することもテーマのひとつとしています。理由はわが国で随一(いや唯一か?)ともいえる、その映画ラインナップの充実であり、今後もこの路線で継続的にいい映画が発売されることを願っているからです。常識的な発売元なら3年もすれば、売り上げの数字を理由に、撤退してしまう「ジャンル」の「商品」を、ここまで持続的に販売していることへは敬意すら持っています。

編集にはこのサイトのコラムやコメントを執筆する有志全員も関わりますが、これを読んでいるあなたも、どうぞ投稿、参加ください。

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ミラーK

わりとまめにチェックしていたのですが、どこからコメントを入れるのか、よくわかっていなかった。初心者ですね。そんなわけで初めてコメントしますが、たまたま別のブログを見ていたら『ホラー・エクスプレス』が紀伊国屋から出ているのを知ってビックリしている方がいました。まあ、以前ビデオでよそから出ていましたけど、さすがにカラぶりだった。この手のものが好きな人なら、やはり押さえておかないわけにはいかないでしょ。私も大おすすめです。アイデア満載で、しかもチープ&キッチュ。これに『マッド・ボンバー』も一緒に押さえておくと、「ヘンな70年代映画」の今ではとても味わえない気分がたっぷりと体感できるはず。ヘンといえば、木全さんも書いていますが、三百人劇場でかかった野村監督の『その恋、待ったなし』のヘン具合も良かったですね。岡田茉莉子さんの「ここまではリアリスティックにロケーション。ここからはセットです」のナレーションが大うけでした。

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